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東京高等裁判所 昭和43年(う)1408号 判決 1969年4月15日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審ならびに当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(当裁判所の判断)

控訴趣意第一点(法令の適用違反の主張)について

所論は、原判決は、被告人が、交通整理の行われていない、かつ、左右の見とおしのきかない本件交差点にさしかかつた際、徐行又は一時停止して左右に通ずる道路から進行して来る車両の有無およびその安全を確認すべき業務上の注意義務を怠つた過失によつて本件事故を惹起したものとして、法令の適用をしているが、本件交差点における被告人進行の道路幅は6.3メートルであるのに対し、被害者進行の道路幅は4.6メートルであつて、被告人進行の道路幅は、被害者進行の道路幅より明らかに広いのであるから、道路交通法三六条二項にいわゆる優先道路に準じた取扱いを受けるべきであつて、被告人には徐行又は一時停止の義務はなく、これに反し、被害者進行の道路には、交差点に入る手前に公安委員会が指定した一時停止の標識が立てられているから、被害者こそ道路交通法四三条の規定により右交差点の手前で一時停止すべき法令上の義務があるのに、これに従わなかつた結果、自ら本件交通事故を招来したのであつて、この事故は、被害者の一方的過失に基因するものである。しかるに、原判決が被害者の右法令違反の点を無視し、かえつて被告人に対し、徐行ないし一時停止の義務を課したのは、法令の適用を無視した違法がある、と主張する。

そこで、司法警察員作成の実況見分調書および原審ならびに当審の各検証調書を比較検討すると、本件交差点は、交通整理が行われていないうえに、左右の見とおしのきかない交差点であつて、特に、東方から西方に通じる被告人進行道路の左側の道角には、平家建ではあるが人家が道路ぎわいつぱいに建てられているため、その交差点の直前まで進行しなければ、被害者の進行して来た左方(南方)道路の状況を確認し難い地形であること(このことは、被害者進行の左方道路から被告人進行の右方(東方)道路に対する見とおし、状況についても、また、もとより全く同一である。)、被告人進行の道路は、東方新田橋から西方約二〇〇メートルは直線で、前方(西方)の見とおしは良好であるが、被害者進行の道路は、南方から直進して来て、被告人進行の道路と直角に交差してから、約二メートルあまり右方へ形にずれたうえ、さらにまた北方へ直進して、変形十字路となつていること、本件各道路は、いずれもアスファルト簡易舗装で、歩車道の区別のない平坦な道路であること、そして、被告人進行の道路幅は、その変形十字路の東側入口のところが5.4メートル、その西側出口より先方(西方)が6.3メートルであり、これに対し、被害者進行の道路幅は、同十字路の南側入口の手前附近が4.8メートル、その十字路を過ぎて先方(北方)に入つたところが五メートルであることをそれぞれ認めることができる。ところで、道路交通法四二条は、交通整理の行なわれていない、かつ、左右の見とおしのきかない交差点における車両等の運転者の徐行義務を規定しているが、他方、同法三六条二項には、車両等は、交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において、その通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものであるときは、徐行しなければならないとの規定をおいているから、これによつて、幅員の明らかに広い道路を通行する車両等の運転者は、交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合には、たとえ、それが、左右の見とおしのきかないものであつても、四二条の規定する徐行義務を免許されることになる。しかし、そのためには、一方の道路の幅員が他方の道路の幅員より広いことが、車両等の運転者はもとより何人にとつても一見して直ちに、明瞭に確認される程度のものであることが必要であつて、単に検尺による算数上その広狭の差が明らかであるというだけでは足りないことはいうまでもない。いま、これを本件について考えてみると、被告人の進行した道路の幅員は、被害者の進行した道路と交差する手前附近において5.4メートルであり、後者の幅員4.8メートルより0.6メートル広いことは検尺上明らかであるが、両者とも、前記のとおり、アスファルト簡易舗装で歩車道の区別のない、きわめて似かよつた状況の道路であり、その道路幅員の広狭の差も一見してこれを識別することは、ほとんど全く不可能であるといわなければならない(そればかりでなく、本件交差点のある箇所は、前述のとおり、変形十字路になつていることと、その十字路の東南角道路ぎわいつぱいに人家が建てられているため、その相互の道幅それ自体を一見看取することさえなかなか困難な状況である。)。所論は、被告人の進行した道路の道幅は5.4メートルではなく、6.3メートルであるというけれども、6.3メートルの幅員のある道路は、被告人の進行したものではなく、本件交差点を通過してから進入しようとする道路であるから、その道路の幅員と対比して立論することは妥当でないと思われるが、仮に所論の立場に立つて考えてみても、前記実況見分調書および各検証調書によつて認められる叙上のような道路状況にかんがみ、やはり、両者の間に一見明瞭な広狭の差があるものとはいい難い。したがつて、いずれにしても、被告人の車両が、本件交差点に入ろうとするときは、道路交通法四二条の規定に従い徐行しなければならないことは、明らかである。

もつとも、本件において、被害者の進行した道路の交差点手前の左側に公安委員会が指定した一時停止の標識が立てられていることは、所論のとおりであるが、これは、当該標識の設置されている道路を進行する車両等に一時停止の義務を課するにとどまり、右道路と交差する道路(被告人進行の道路)を進行する車両等に優先通行の権利を与える効果まで有するものとは解せられない(昭和四三年七月一六日最高裁第三小法廷判決参照)。

したがつて、以上いずれの点よりしても、原判決に法令の適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点ないし第四点について

所論は、原判決は、前記のとおり被告人が本件交差点に入ろうとするとき徐行又は一時停止の措置をとらなかつた点に注意義務違反の過失があると判示しているが、被害者進行の道路は、道幅も狭く、かつ、公安委員会指定の一時停止の標識が交差点の手前に立てられているのであるから、右道路より道幅の広い優先道路を進行する車両等の運転者は、左右の小道より出てくる車両等は、必ず交通法規を守つて一時停止してくれるものと信頼するのは当然である。然るに被害者はこの信頼の原則を裏切つて一時停止しないばかりでなく、猛スピードで本件交差点に突き込んできて、被告人車の先端をかすめるようにして直進し、向側の新井晃子方表戸へ首を突込んでしまつたのであつて、被告人車にはねられて死亡したものではなく、本件事故は、被害者の一方的過失により惹起されたものである。被告人は、本件道路について公安委員会の指定した最高速度毎時四〇キロメートルのところを二〇キロメートル毎時に減速徐行し、交差点の手前11.2メートルの地点で警音機をならし、ブレーキの上に足をのせ、何時でも停止できる態勢をとつて進行したもので、本件交差点へ入る措置としては被告人は万全の策をとつていた。被告人は、原審検証調書添付の図面点において、約12.15メートルはなれた点に被害者が猛スピードで突進してくるのに気付き、直ちにブレーキをかけ3.15メートル進行して停止したものであつて、被告人にはなんらの過失もないのに原判決は、事実を確認し、被告人に対し求むべからざる義務を課した違法がある、と主張する。

しかし、被告人の進行道路が、被害者の進行道路との関係において道路交通法三六条所定のいわゆる優先道路に当らないこと、したがつて、被告人の車両が本件交差点に入ろうとするときは、道路交通法四二条の規定により徐行しなければならないこと、および被害者の進行道路上の交差点の手前に一時停止の標識が設置されていた事実が、被告人の右徐行義務の存在に別段の消長を及ぼすものでないことは、いずれも、前段に述べたとおりであるから、以下、これを前提として、被告人の注意義務違反、すなわち過失の有無の点を判断する。

さて、本件事故の情況は、原判決認定のとおりであるから、関係証拠に照らしてこれをさらにやや詳細に述べると、次のとおりである。すなわち、被告人は、約六屯の砂利を満載した大型貨物自動車(車長6.67メートル、車幅2.35メートル)を運転して、原判示地先道路ほぼ中央附近を渡良瀬川方面から国道一二二号線方面に向け、時速約二〇キロメートルで西進し、本件交差点(この交差点が、交通整理の行われていない、かつ、左右の見とおしのきかない不正形のものであることは、先にも述べたとおりである。)差しかかつた際、前記実況見分調書添付見取図記載①地点で、左斜前方約9.30メートルの地点に被害者が、自動二輪車(第二種原動機付自転車)に乗つて、左(南)側道路(この道路の交差点の手前に公安委員会が指定した一時停止の標識が設けられていることも先に記載したとおりである。)からこの交差点に進入してくるのを認めたので、危険を感じ、①右地点から約1.7メートル前方の②地点で急ブレーキをかけたが、そのとき被害者の車両は、前記地点から約3.85メートル前方の地点まで進出していたので避けきれず右②地点前方約六メートルの地点で、自車右前照灯および右前フェンダー右端から二三センチメートルくらいの部分を被害者塔乗の自動二輪車のガソリンタンク右側附近に接触させ、被告人車は、それより先方約1.50メートル進行して③地点で停車し、他方、被害者の車両は、そのまま、右斜前方に走つて前記見取図記載の新井晃子方表入口ガラス戸に衝突して転倒した。そして、被告人車のスリップ痕は、前記②地点から③地点まで約7.5メートルにわたつて残されていたが(このスリップ痕の起始部は、被告人の車両の後輪により、また、その終端部は、その前輪によつて形成されたものと思われる。)、被害者の車両のスリップ痕は、全然存在していなかつたということがわかるのである(もつとも、被告人は、原審の検証の際には、被告人が被害者を発見した地点およびその時の被害車両の位置等につき、若干右と異る指示説明をしているが、司法警察員の実況見分は、本件犯行直後に行われたものであつて、当時は、路面にスリップ痕も印せられており、被告人自ら右実況見分に立ち会い、その鮮明な記憶に基づいて各関係地点を指示説明し、これによつて検尺などがなされたものであることを考慮すると、その実況見分調書の記載は、相当正確であり、その信憑力も強いものと思われる。)。ところで、被告人が、本件交差点に入ろうとするときには、道路交通法四二条の規定により徐行しなければならないことは、先にも述べたとおりであるが(なお、本件のように、長大な車長および車幅の六屯積みのダンプカーに砂利を満載してあまり広くない道路を走行する場合には、事故を惹起する危険度も特に高いわけであるから、情況のいかんによつては、道路交通法上の義務とは別に、業務上過失致傷罪における注意義務という看点から、なお一歩進んで、一時停止の義務の生じ得ることも考えられるのであつて、原判決が、徐行義務のほかに、一時停止の義務についても言及しているのは、この趣旨に出たものと解せられるのである。)、徐行といいうるためには、車両等が直ちに停止することができるような速度で進行しなければならないことは、道路交通法二条二〇号によつて明らかであり、それが単なる減速と異なることは、いうまでもない。したがつて、被告人が、時速を約二〇キロメートル程度に減速したままで本件交差点に入ろうとしたのは、この徐行義務に違反したものといわざるを得ない。たとえ、被告人のいうように、被告人が、本件交差点の手前で警音器を鳴らし、また、ブレーキベタルの上に足を乗せていつでも停車措置をとりうるような態勢で進行したとしても、それだけでは、十分な注意義務を尽したことにはならないと考える。そして、もし、被告人が、徐行の注意義務を果していたとすれば、本件事故の発生を未然に防止し得たであろうことは、先に詳述した本件発生の情況に照らして明らかである。とはいえ、被害者の側にも遺憾な点がなかつたわけではない。一言も自己の主張を述べる機会も得られずに死亡した被害者を敢て鞭打つ趣旨では決してないけれども、同人は、本件交差点手前の左側路上に一時停止の正規の標識が設けられていたのに、それに従つて停止した形跡もないばかりか、本件のような左右特に右方に対する見とおうしのきかない交差点における安全も確認しないままに相当の速度(先に実況見分調書添付図面によつて説明したとおり、被告人車が、同図面記載の①地点から②地点までの約1.7メートルの距離を走行する間に、被害車両は、地点から地点までの約3.85メートルを走行したことになつているのであつて、この点は、被告人が、捜査官に対し、被害車両の時速が三〜四〇キロくらいであつたと述べているのに符合するものと思われる。もつとも、他方、右図面によると、被告人車が、①地点から接触地点までの約7.70メートルの距離を進行する間に、被害車両は、地点から右接触地点までの約5.70メートルしか走行していないことになつているが、被告人が、検察官に対して述べているところによると、被害者は、接触の直前、被告人車を避けようとしたのか、若干その前方を迂回したことが推察できるから、被害車両についての右直線距離は、必ずしも実際の走行距離をあらわしているものとは思われない。)で交差点内に進出したことが、本件事故の一因となり、また、その被害を増大するに与つて力あつたことは、否定することができないであろう。しかし、前記のとおり、被告人側にも過失の責むべきものがある以上、この点を情状として十分酌むべきであるとするのは格別、これをもつて信頼の原則を裏切るものとして被告人には過失がないとか、本件事故が、被害者側の一方的な過失によつて惹起されたものであるとか、いうことはできない。

原判決には所論のような違法はなく、論旨は、いずれも理由がない。(樋口勝 浅野豊彦 井上謙次郎)

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